打ち込みで作ったトラックに、自分の歌やギターを重ねたくなった。マイクとオーディオインターフェースを買って録ってみる。ところが再生すると、録った音だけが遠い。ぼわんと響いて、周りの打ち込みから浮いている。マイクが安かったからだろうか、と買い替えのページを開く。
その前に確かめたいことがあります。宅録環境の作り方で最初に効くのは、機材の買い足しではなく部屋です。壁や床で跳ね返った音を、マイクが元の音と一緒に拾っているためです。そして部屋の響きは、今日から減らせます。マイクの置き場所を変えるだけでも変わります。
目次
宅録環境で最初に効くのは、部屋の状態
同じマイクを使っても、置く場所と部屋の状態で録れる音は変わります。機材の買い足しを考えるのは、そのあとで足ります。
DTMで録る場合、部屋の影響は特に出やすくなります。打ち込みのトラックには部屋の響きが入っていないからです。音源から直接出た、乾いた音だけが鳴っています。
そこへ響きを含んだ生録音を1本だけ重ねると、その音だけが別の場所で鳴っているように聞こえます。歌だけが遠くにある、ギターだけ輪郭がぼやける、といった状態です。曲全体の空間はミックスでリバーブを使って作りますが、録音の時点で入ってしまった響きは、あとから選び直せません。
だから録る側で減らしておく必要があります。乾いた状態で録れてさえいれば、あとから好きな空間を設計できます。
この段階でマイクやオーディオインターフェースを疑う必要はありません。機材が音質にどこまで関わるのかを整理したい場合は、オーディオインターフェースは必要か、音質が変わる理由と予算別の選び方を先にご覧ください。
その響きは部屋のせいか、スピーカーのせいか
宅録で多いのは部屋の反射ですが、スピーカーから音を出しながら録っている場合は、その音をマイクが拾い直しているだけのこともあります。
この2つは対処が正反対です。先に切り分けておくと、無駄がありません。
- 部屋の反射が原因なら、マイクの位置と吸音で減らします
- スピーカーからの回り込みが原因なら、ヘッドホンに変えるだけで消えます
実際に「マイクで話すと風呂場みたいな声だと言われる」という相談がYahoo!知恵袋にありますが、そこでは、スピーカーから出た自分の声をマイクが拾い直しているのではないか、という指摘が付いています。もしこちらが原因なら、吸音材を足しても音は変わりません。
切り分けは録り直すだけで済みます。ヘッドホンに変えて、同じ場所でもう一度録ってください。それで直れば回り込み、まだ響くなら部屋です。
平行な壁のあいだで反射が繰り返される
向かい合った硬い壁のあいだで音が何度も反射し、断続的な反射音が聞こえることがあります。フラッターエコーと呼ばれる現象です。ヤマハの解説でも、フラッターエコーとブーミングが部屋で起きる音のゆがみとして挙げられています。一般的な四角い部屋は壁が平行なので、条件がそろいやすい形です。
低い音だけが膨らむ
部屋には固有振動があり、特定の低い帯域だけが共鳴して膨らむことがあります。同じ解説では、これをブーミングとして中高域の反射とは別に扱っています。
厄介なのは、この膨らみが自分の部屋では気づきにくいことです。JBG音楽院の授業でも、講師の作業部屋が100Hz付近だけ膨らんでいて、別の場所で聴いたときに低音が弱く感じられた、という例を扱っています。膨らむ帯域は部屋ごとに違い、その状態を含んだ音を毎日聴くことになります。
マイクの位置は、距離・立ち位置・指向性の順で決める
効果が大きいのは音源との距離で、それで足りなければ立ち位置、最後にマイクの指向性を見ていきます。どれも費用はかかりません。
まず、音源に近づける
マイクを声や楽器に近づけるのがいちばん効くのは、音の減り方に理由があります。マイクにまっすぐ届く直接音は、離れるほど急に弱まります。距離が2倍になると、音圧はおよそ半分です。一方で部屋を回ってきた反射音は、室内のどこにいてもほぼ一定の大きさで鳴っています。だから近づけると直接音だけが大きくなり、反射音は変わりません。録れた音の中で、反射が占める割合が下がります。この関係はShureが公開している録音技法の資料で説明されています。
同じ資料には、直接音と反射音の大きさが等しくなる距離という考え方も出てきます。この距離は、部屋の響きが多いほど、また周囲の暗騒音が大きいほど短くなります。響く部屋ほど、マイクをより近くに置く必要があるということです。
宅録では、この距離がいっそう重要になります。家で大きな音を出せないからです。JBG音楽院の公式YouTube「【打ち込みvs生演奏】プロギタリストが実演で比較してみた」でも、家でアンプを鳴らすと苦情になるため、ライン録りとアンプシミュレーターを使う方法が主流になっていると話しています(13分40秒あたり)。音量を上げて直接音を稼ぐ手が使えない以上、距離で稼ぐことになります。
Shureは音源から2フィート(約60センチ)以内を近接での収録として定義しています。ただし何センチが良いかは、部屋の響き方と声の大きさで変わります。数字を当てにするより、距離を変えて何回か録り比べて耳で決めるほうが早く着地します。
次に、壁から離れる
部屋の隅は反射が集まりやすい場所です。可能なら中央寄りに移動して、向かい合った壁のあいだから外れる位置に立ってみてください。
マイクの周りにある硬いものも見直します。先ほどのShureの資料には、譜面台1つでもマイクへの反射を起こすと書かれています。机の天板やモニターの画面、窓ガラスのような硬い面がマイクのそばにあるなら、どけるか布をかけるだけでも変わります。
最後に、指向性を使う
単一指向性のマイクは、正面から来る音を主に拾い、横や後ろの音を拾いにくくなっています。響く部屋では扱いやすい特性です。
無指向性のマイクは全方向を同じように拾うため、同じバランスで録るには単一指向性のときの約半分の距離まで近づける必要があるとされています。手持ちのマイクに切り替えスイッチがあるなら、単一指向性にして録り比べてみてください。マイクの種類ごとの違いはダイナミックとコンデンサー、録音環境に合うのはどちらかで扱っています。
吸音材と遮音材は、名前が似ていて働きが逆
遮音は音を外に漏らさないための処理、吸音は室内の響きを整えるための処理です。宅録で困っているのは後者のほうになります。
探すべきは吸音材で、ここを取り違えると買い物を失敗します。ヤマハの解説でも、遮音性能だけを高めると部屋の中で反射音が響いてしまい、かえって苦痛を感じると説明されています。
お金をかけずに試せる方法から挙げます。
- クローゼットを開けて、服のほうを向いて歌う。かかっている衣類が吸音材の代わりになります
- マイクの後ろ、つまり自分の正面に、毛布や布団を立てかける
- カーテンを閉める。窓ガラスは反射の強い面です
効果を実感しやすいのは中高域の反射です。布や衣類は、声やギターの輪郭がぼやける原因になっている跳ね返りをよく吸います。輪郭が戻ると、打ち込みのトラックに重ねたときのなじみ方が変わります。
一方で、低い帯域の膨らみは布ではほとんど変わりません。低い音を吸うには厚みと、壁からの距離が必要だからです。ここを本格的に処理するのは家庭でできる範囲を超えます。まず中高域を落ち着かせて、低音はどの帯域が膨らむ部屋なのかを知ったうえで判断していくことになります。
これから機材を揃える段階で、何を先に買うか自体で迷っている場合は、DTMに必要なものは5つ。最初に揃える機材と後回しにすべき機材に優先順位を整理しています。
リフレクションフィルターは買うべきか
マイクの背面と側面に立てて、後ろから回ってくる反射を減らす道具です。中高域をもう一段減らしたい段階で検討することになります。
位置の調整で足りるなら、急いで買う必要はありません。イギリスの録音専門誌Sound on Soundがこの種の製品を検証した記事では、道具としての有効性は認めたうえで、期待とずれやすい点も合わせて挙げられています。買う前に知っておきたいのは後者のほうです。
- マイクの音への色付けは、メーカー公称で1デシベル程度の変動とされている
- フォーム材は質量が軽いため、低い帯域には効きにくい
- 単一指向性で使う場合、パソコンのファンの音にはほとんど効かない
- これ単体で反射音を完全に防げるわけではない
買う前に試してほしいのは、ここまでに書いた位置と吸音の調整です。それで足りるなら追加の出費は要りません。やり切っても反射が残る場合に、はじめて検討する順番になります。
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環境が整ったあとの、録音レベルの決め方
録音した音のいちばん大きい部分が上限に当たらないようにします。当ててしまうと音が割れ、あとから直せないためです。
ピークが0デシベルに届かないところで止まっていれば足ります。何デシベル空けるかより、いちばん大きい音で当たらないことが基準です。逆に小さく録りすぎると、あとで音量を上げたときにノイズも一緒に持ち上がります。
レベルはオーディオインターフェース側のつまみで調整します。DAWの中で音量を上げても、入り口で割れた音は戻りません。まずインターフェースのつまみで適正まで持っていき、DAWのメーターで確認します。
つまみが何を上げ下げしているのかから確認したい場合は、オーディオインターフェースの中で音がどう変わるのかを参照してください。
まとめ
宅録環境の作り方には順番があります。上から順に試して、変化が出なくなったところで次へ進みます。
- ヘッドホンに変えて録り直し、スピーカーの回り込みでないことを確かめる
- マイクを音源に近づける
- 壁の中央寄り、向かい合った壁から外れた位置に立つ
- マイクを単一指向性に切り替える
- 正面に毛布を立てる、クローゼットの服のほうを向く
- それでも反射が残るなら、リフレクションフィルターを検討する
手順とは別に、押さえておきたい前提が3つあります。
- 打ち込みは乾いた音なので、響いた生録音を1本重ねるとその音だけ浮く
- 買うなら吸音材で、遮音材では室内の響きは減らない
- 低い帯域の膨らみは、家庭でできる範囲では扱いきれない
録れた音がなじむようになると、打ち込みと生をどう組み合わせるかまで自分で選べるようになります。
よくある質問
マイクを近づけたら音が割れます。距離を戻すべきですか。
先にオーディオインターフェースのつまみを下げてください。距離を戻すのは最後です。近づけて息が当たるようになった場合は、ポップガードを挟むと収まります。
賃貸で工事ができなくても対策できますか。
できます。工事が要るのは遮音のほうで、室内の響きを減らす吸音は置くだけで済みます。毛布もカーテンも原状回復が要りません。
吸音材を買うなら、どこに貼ればいいですか。
歌う人の背後にある壁と、その反対側にあるマイク背面の壁です。向かい合う面のどちらか一方を吸うだけで、反射の往復が止まります。
どのくらい響いていたら録り直すべきですか。
打ち込みと一緒に再生して、その1本だけ奥に引っ込んで聞こえるなら録り直します。録った音を単体で聴いて判断すると、この差に気づけません。
本記事の手順をやってみて「次に何を学ぶべきか分からない」と感じたら、『社会人のDTM 始め方ロードマップ』で全体像を俯瞰できます。