【プロが徹底分析】竹内まりや「プラスティック・ラブ」が色褪せない理由をコード/メロディー/トラックから解き明かす!
竹内まりやさんの「Plastic Love(プラスティック・ラブ)」を聴いたときの、明るいのか切ないのか決めきれない独特の浮遊感。あの感覚は雰囲気ではなく、コードとメロディーとトラックのそれぞれに置かれた具体的な仕掛けから生まれています。JBG音楽院のSasha講師と野口講師が、実際に鍵盤を弾き、Logic Proで打ち込みを再現しながら中身を分解しました。
この記事の要点
シティ・ポップらしさの正体は、裏コードが生む浮遊感、C7(♭9)という統一されたカラー、そして深めのリバーブと当時の音色です。
目次
明るくも暗くもない浮遊感は、どのコードから生まれているのか
イントロの時点で、すでに着地していない
この曲のキーはFメジャーです。ただし、トニックであるFできれいに終止する場面がほとんどありません。平行調のDマイナーへ寄っては戻る動きを繰り返すため、メジャーキーともマイナーキーとも言い切れない状態が続きます。浮遊感の土台はここにあります。
イントロの前半は、コードのルートが順次進行で下降していく形です。曲の入り口からいきなり落ちていく構成は珍しく、それだけで強く印象に残ります。
使われているコードの多くはダイアトニックコードですが、ひとつだけ例外があります。Fメジャーキーであれば本来E音の上に和音が乗るところに、E♭をルートとするコードが置かれています。これは同主調のFマイナーから借りてきた借用和音で、ドミナントの代わりに♭Ⅶを使う定番の手法です。この一箇所だけで、着地しそうで着地しない感覚が生まれます。
そのあとに現れるB♭maj7は、ピボットコードとして働きます。前のキーから見るとⅣmaj7、続くDマイナーから見ると♭Ⅵmaj7という二重の顔を持つコードで、これを足がかりに調が移ります。
そしてDマイナーへ着地する直前、本来なら暗いDmになるはずの最後のトニックが、明るいDメジャーに置き換えられています。マイナーキーの終止だけをメジャーにするこの手法はピカルディ終止と呼ばれ、藤井風さんの「きらり」の最後にも使われています。
何回でも回せる「逆循環」
イントロの後半からAメロにかけては、Ⅱm7 → Ⅴ7 → Ⅲm7 → Ⅵm7 をひたすら繰り返す進行です。
循環コードのⅠ-Ⅵm-Ⅱm-Ⅴは、2つのペアを入れ替えるとⅡm-Ⅴ-Ⅰ-Ⅵmになります。これが逆循環です。「Plastic Love」ではさらにⅠの位置にⅢmが置かれているため、解決感がいつまでも訪れません。だからこそ何度でも回せます。
同じ進行は藤井風さんの「花」でも曲全体を通して使われています。長いイントロやAメロを持たせる骨格として、非常に強い構造です。
Bメロの正体は裏コード「E♭7」
Bメロに入ると、Ⅱm7の次にE♭7という見慣れないコードが現れます。多くの人が「かっこいい」と反応するのがこの箇所です。
このE♭7は、Ⅵm7(Dm7)へ向かうセカンダリードミナントA7の裏コードにあたります。A7と同じトライトーンを持つため代わりに使うことができ、半音上から滑り込むようにDm7へ着地します。強い解決ではなく、ぬるっと入る感覚が出るのはこのためです。
一方で、この箇所はB♭m7とE♭7のツーファイブのうち5度側だけを取り出した形、つまりサブドミナントマイナー的な響きとして解釈することもできます。動画内では両方の見立てが示されました。どちらで捉えても最終的にE♭へ行き着くため、正解はひとつではありません。こうした複数解釈が成立する状態は、分析の面白いところです。
セカンダリードミナントそのものの入れ方は、セカンダリードミナントの使い方、入れる場所と浮いたときの直し方で整理しています。
さらにその先では、Ⅵm7のあとにG7が置かれます。本来ならCへ進みたいドッペルドミナントですが、この曲はCへ行かずGm7へ流れます。内声がD音からナチュラルのC音へ半音で下りるクリシェが作られるため、ルートを大きく動かさずに景色だけが変わります。
サビの手前では、ⅡmとⅤ7のあとにⅥmへ進む偽終止も使われています。ただし実際に聴くとⅥmというよりⅠのトニックのように響きます。曲全体がDマイナー寄りに傾いていることが、ここでも確認できます。
トニックに解決しないまま終わる
終わり方も特徴的です。最後はサビで締めるのではなく、Bメロの循環進行がそのまま繰り返されて曲が閉じていきます。
トニックが最後まで現れないため、聴き手は置いていかれたような余韻を抱えたまま残されます。切ない後味は、この構成から来ています。
同じメロディーなのに印象が変わるのはなぜか
コードトーンのどこを取るかで、浮くか沈むかが決まる
印象に残る箇所の多くは、コードの構成音を分散させたアルペジオでできています。ただし、同じ3度の動きを繰り返していても、どの構成音を取るかで聴こえ方が変わります。
7thや9thの周辺を動く場合は軽く浮いた印象になり、ルートと3rdで動く場合は沈んだ印象になります。動画では同じ音数のフレーズを弾き比べ、この差が実演されました。
上りきった頂点に9thを置く
Aメロの後半では、メロディーが順次進行で上昇していきます。順次進行はメロディーがもっとも滑らかに流れる形ですが、この曲では上りきったトップの音がコードトーンではなく9thになっています。
着地せずに緊張を残すため、フレーズの頂点が強く印象づけられます。Ⅴのコード上では♭9のオルタードテンションも使われています。
強拍か弱拍かで、テンションの効き方が変わる
この曲には、リズムの形もメロディーもほぼ同じなのに、下のコードだけが違う箇所が並んでいます。聴き比べると印象がはっきり変わります。
理由はテンションが置かれる位置です。一方はテンションが弱拍に来るため控えめに響き、もう一方はフレーズの入り口、つまり強拍にテンションが来るため緊張感が強く出ます。そのあとテンションからコードトーンへ動いて着地する形になっており、緊張と解決が短い単位で何度も繰り返されます。
テンションを入れると音が濁ってしまう場合の対処は、テンションコードで音が濁る原因と解決策にまとめています。
曲全体を貫く「C7(♭9)」というカラー
この曲でもっとも強い統一感を生んでいるのが、Ⅴにあたるコードで♭9を鳴らし続けている点です。
同じテンションを最初から最後まで通そうとすると、通常はどこかのセクションでメロディーとぶつかって使えなくなります。ところが「Plastic Love」では、Gm7 → C7(♭9) → Am7 → Dm7 のループが最後まで同じ響きで回り続けます。
これが成立している理由のひとつは、曲がFメジャーのトニックへあまり行かず、Dマイナー寄りに聴こえていることです。マイナーキーのⅤで使えるテンションはもともと♭9であるため、無理なく自然にはまります。曲全体の色が一色に揃っていること自体が、この曲の印象そのものになっています。
打ち込みで「シティ・ポップ感」を作るには何が必要か
編成はドラム、ベース、ギター2本、ピアノ。そこにストリングスとブラスセクションが加わります。バンド編成としてはごく一般的なもので、ギターは山下達郎さんが弾いています。
問題は、同じ楽器を並べてもシティ・ポップに聴こえる曲とそうならない曲がある点です。動画では楽器を1つずつソロで再生し、原因を切り分けました。ドラムもベースもピアノも、単体で聴くと特別な音ではありません。差は音作りにあります。
いちばん効くのはリバーブ
スネアだけを鳴らし、そこにリバーブを足すと、その瞬間に空気がシティ・ポップに変わります。動画のなかでもっとも分かりやすい変化がこの部分でした。
リバーブは全体に深めです。減衰が急に切れるゲートリバーブを混ぜると、当時らしい少し不自然な余韻が作れます。ベースにリバーブをかけるのは珍しい選択ですが、この曲調では艶と奥行きが出て馴染みます。
鍵盤は生ピアノ1本では届かない
ピアノだけを打ち込んでも近づきません。生々しい音ほど、かえって浮いてしまいます。
当時流行したヤマハDX7系のエレクトリックピアノのキラキラした音を重ね、コーラスを薄くかけて低域を少し削ると、一気にそれらしくなります。Logic ProにDX7そのものは入っていませんが、Dexedというフリーウェアで近い音が得られます。エレピ系のパッチも配布されています。ドラム音源はロジック標準の「Heavy」系が近い質感でした。
その時代に流行した機材の特性が、そのまま音色として曲に刻まれています。音源を寄せるだけでも再現度は大きく変わります。
パーカッションが「抜け感」を作る
ドラムの裏では複数のパーカッションが鳴っています。4拍目のクラーベ、シェイカー、カウベル、スネアと重なるクラップ、そしてボンゴをスティックで叩いたような音です。
サンプルをそのまま貼るのではなく、元音とピッチを半音単位で合わせ、EQでアタックを削り、頭だけを切り取って並べています。この作業でオケへの馴染み方が変わります。
パーカッションを外して聴くと、音がはっきり寂しくなります。高い音域にリバーブがかかることで抜け感が生まれるため、ストリングスが入らない前半でも高域を補えます。
ギターはハーフトーンとミュートで決まる
実演で使われたのはストラトキャスターです。ピックアップは5ポジションから選べますが、シティ・ポップに合うのはリアとセンター、あるいはフロントとセンターを混ぜたハーフトーンでした。
左右に振られた2本のギターは役割が違います。左はカッティング、右は単音で、右の音は少しこもって聴こえます。これはミュート奏法によるもので、手のひらの柔らかい部分をブリッジのぎりぎりの位置に置いて弾きます。置く位置が深すぎるとピッチが変わってしまうため、際どいところを狙う必要があります。
アンプはフェンダー系を選びました。ギターアンプを通さずミキサーに直接挿すことも多いという話も出ており、ラインで送った音を卓で加工している可能性も残ります。オーディオのタイミング編集はボーカル編集と同じ要領で、グリッドに合わせてから耳で微調整します。打ち込みのギターと生演奏を同じフレーズで重ねる方法も有効です。
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この分析を自分の曲に持ち帰るには
リファレンス曲を聴いて雰囲気を掴むところまでは、多くの方がやっています。
ただ、コード進行を度数で書き出し、メロディーのどの音がテンションなのかを確認し、さらに音色とリバーブまで再現して答え合わせをする。そこまで踏み込む機会は、制作の現場でもそう多くありません。今回の分析でも、E♭7を裏コードと見るかサブドミナントマイナーと見るかで結論は分かれました。解釈が複数成立する状態をそのまま扱えることが、コピーではなく応用へ進める分かれ目になります。
同じ手順で藤井風さんの「何なんw」を分析した記事は、こちらにあります。
JBG音楽院では、パソコン上の操作技術と、音楽理論や楽器の特性といったアナログな知見を合わせて学ぶDTAM(Desktop and Analog Music)という考え方を掲げています。理論の解釈と音作りの検証を同じ場所で扱えることが、こうした分析を自分の制作に接続する近道になります。
まとめ
「Plastic Love」をコード、メロディー、トラックの3方向から分解して見えてきたことを整理します。
- Fメジャーでありながらトニックにほとんど戻らず、平行調のDマイナーとの間を行き来することで、明るさにも暗さにも寄り切らない浮遊感が作られています。
- Bメロの印象を決めているE♭7は、Dm7へ向かうA7の裏コードです。サブドミナントマイナーとして解釈することもでき、正解はひとつに定まりません。
- ほぼ同じメロディーでも、テンションが強拍に来るか弱拍に来るかで緊張感の強さが変わります。
- Ⅴのコードで♭9を最後まで鳴らし続けていることが、曲全体の色を一色に揃えています。
- シティ・ポップらしさを打ち込みで作る決め手は、深めのリバーブ、当時の機材に寄せた音色、そして16分主体のリズムパターンとパーカッションです。
コードは決して数が多いわけではなく、テンションも派手に盛られてはいません。それでも印象が強く残るのは、置く場所が選ばれているからです。3和音で止めずにテンションまで押さえることで、初めて生まれるメロディーがあります。
動画では、実際の音を鳴らしながらコードを1つずつ確認し、Logic Proの画面でトラックを組み立て、ギターも実演しています。文章では伝わりにくい音の変化は、動画で確かめてください。
よくある質問
Q. 「Plastic Love」のキーは何ですか?
A. Fメジャーです。ただしトニックのFで終止する場面が少なく、平行調のDマイナー寄りに聴こえる箇所が多くあります。
Q. Bメロで使われているE♭7はどういうコードですか?
A. Dm7へ向かうセカンダリードミナントA7の裏コードです。半音上から滑らかに着地するため、強い解決感が出ません。
Q. 逆循環とはどんなコード進行ですか?
A. 循環コードのⅠ-Ⅵm-Ⅱm-Ⅴの2つのペアを入れ替えたⅡm-Ⅴ-Ⅰ-Ⅵmです。この曲ではⅠの位置がⅢmになっています。
Q. 打ち込みでシティ・ポップらしくするには何から手をつければいいですか?
A. まずリバーブです。スネアに深めのリバーブをかけるだけで印象が大きく変わります。次に音色とパーカッションを寄せます。
ジャンルを掘り下げる前に、理論・DAW・ミックス・リズム聴音のどこが自分の弱点なのかを一度把握しておくと、学ぶ順番を決めやすくなります。
