【プロが徹底分析】Linked Horizon「紅蓮の弓矢」のヒットの秘密をコード/メロディー/トラックから解き明かす!
フルオーケストラとクワイア、そしてバンドが同時に鳴る「紅蓮の弓矢」。あの圧倒的な重厚感は、複雑なコードから生まれているわけではありません。使われているコードは、ほとんどが3つだけです。JBG音楽院のSasha講師と野口講師が、鍵盤で確かめながらLogic Proで音を組み直し、89分かけて中身を分解しました。
この記事の要点
壮大さの正体は、8つのキーを渡り歩く短3度の転調、ほぼ全編を支える3つのコード、そして音源の距離感をそろえた空間設計です。
目次
8つのキーを行き来しながら、コードは3つしか使っていない
1曲の中にキーが8つある
この曲を聴いて最初に耳に残るのは転調です。実際に調べていくと、1曲の中にキーが8つ出てきます。マイナーキーが6つ、そこにメジャーキーが2つ挟まる構成です。
マイナーキーのダイアトニックコードは基本的にナチュラルマイナーで組まれていますが、Ⅴのところだけはハーモニックマイナー由来のドミナント7thになっています。
1曲でここまで転調する曲は多くありません。動画内でも、講師2人が「ここまでの曲はまだ書いたことがない」と話していました。
ほぼ全編が「Ⅰm7 → ♭ⅥM7 → ♭Ⅶ7」
ところが、譜面に度数を書き込んでいくと別の景色が見えてきます。
イントロもAメロもCメロもアウトロも、出てくるのはほとんどがⅠm7 → ♭ⅥM7 → ♭Ⅶ7の繰り返しです。キーが変わっても度数の並びは変わりません。つまり転調のたびに新しいコード進行を考えているのではなく、同じ3つの関係を平行移動させているだけです。
マイナーキーで循環させやすい進行なので、使っている人も多いはずです。この曲はそれを曲全体の土台にしています。
同じ進行の繰り返しなのに同じ場所に戻ってきた感じがしないのは、戻ってくる先のキーが毎回違うからです。コードは据え置きで、景色だけを入れ替えています。
転調はほとんどが「ダイレクト」、動く先は短3度
転調のやり方にも共通点があります。準備のコードを挟まず、きっかけなしに切り替わるダイレクト転調がほとんどです。
そして移動先は短3度上か短3度下に集中しています。ルートが4度や5度で動く強進行はエネルギーが強く出ますが、3度の動きは弱進行にあたります。弱進行のほうが滑らかに聞こえるため、これだけ頻繁に転調していても唐突に感じません。
短3度上のマイナーコードは劇伴でもよく使われます。その動きだけでストーリーが生まれるので、上がった先でさらに展開を作る発想は応用が利きます。転調そのものの作り方は転調をスムーズにさせる作曲のコツ|不自然さを解消する理論とテクニックで整理しています。
1箇所だけ仕込まれたピボット転調
8回ある転調のうち、1箇所だけやり方が違います。Bメロで C#マイナーキーへ移るところです。
ここでは前後のキーに共通するコードを経由しています。前のキーから見るとⅣm、次のキーから見るとⅠ。この共通コードを踏み台にする方法をピボット転調と呼びます。
聴いていても、どこで調が変わったのか分かりません。クラシックで多用される手法で、転調の中ではもっとも滑らかな入り方です。他が全部ダイレクトなのに、ここだけ共通音を使っている。狙って置かれています。
曲の要所に置かれた、ひとつずつの仕掛け
解決させない終わり方
Aメロの終わりでは、キーのドミナントが鳴ったあとⅥ度へ進みます。トニックに解決せずに外す偽終止です。
この曲はドミナントが出てきても解決しない場面が続きます。そのぶん、Eメロでドミナントモーションが2回続けて現れる箇所だけは落ち着いて聞こえます。溜めてから使うことで、ありふれた進行が効果を持ちます。
ドミナント以外で使われるⅤm
Cメロでは、ナチュラルマイナーのⅤm が第2転回形で置かれます。Ⅴの位置は普通ドミナント7thにするところなので、ここでマイナーのまま使うのは珍しい選択です。
同じように、ドミナントの手前にⅠの第2転回形を置く箇所もあります。G#7sus4 でも成立する場面ですが、トニックマイナーを乗せるほうが暗く沈み、クラシカルな手触りになります。オーケストラに合うコードの選び方が、冒頭から一貫しています。
ベースを半音で動かすクリシェ
ベースラインが半音で上下するクリシェも繰り返し出てきます。ポップスでは感情が動く場面で使われる技法です。
この曲で面白いのは、クリシェの箇所でメロディの頭の音とベースのルート音が揃えてある点です。普通は音がぶつかるのを避けて外したくなるところですが、あえて平行移動させることでインパクトを作っています。ティンパニやオーケストラのヒットも同じタイミングに重ねてあり、分散させずに一点に集める意図が見えます。
ベースラインを順次進行で上げたい場面では、ディミニッシュコードも使われています。Aマイナーキーと捉えるとメロディックマイナー由来のコードにあたる箇所で、ブリッジでは半音で滑り込むパッシング的なディミニッシュも現れます。
最後の最後に出てくる裏コード
アウトロでは、それまで一度も出てこなかったGマイナーキーが突然現れます。短3度ずつ上がってきた先の、初めてのキーです。
そしてⅠ度と♭Ⅵ度のあと、♭Ⅱ7が置かれます。裏コードです。
この曲のキーのⅤ7にあたる D7 には、F# と C というトライトーンが含まれています。ドミナントが解決する力の正体はこの音程なので、同じトライトーンを持つ別のコードでも代わりが務まります。ひっくり返して組み直すと♭Ⅱ7になる、という仕組みです。詳しくは裏コードとは?D♭7がG7の代わりになる理由と入れる場所にまとめています。
ここまで一度も使われていなかったコードが最後に出てくるため、調の感覚が変わったまま曲が終わります。
メロディーはどう作られているのか
順次進行と「ジグザグ」
メロディーは順次進行が目立ちます。上がって下りる形が繰り返され、2度上の高さで同じ形をもう一度やる場面も多くあります。
1回目より2回目のほうが上下する距離が長くなるように作られていて、同じ型を使いながら少しずつ振れ幅が広がります。
もうひとつの軸が「ジグザグ」です。3度下がって2度上がる、を繰り返す動き。これが曲中に何度も出てくるため、ほとんどテーマのように機能しています。滑らかな順次進行と、角のあるジグザグ。この2つを対照的に置き分けています。
コーラスの内声に隠れたドリアン
クワイアのハモリには、ドリアンの響きが使われている箇所があります。
主旋律ではなく内声でモードを使うという発想は、なかなか出てきません。コーラス自体がアカペラに近い処理になっているため、この響きがよく通ります。内声をいじるときの引き出しとして使える手です。モードそのものはモード(教会旋法)入門:ドリアン、リディアン等の響きで解説しています。
同じメロディーを「少しだけ」変える
繰り返しの扱い方も細かく作り込まれています。
同じコード進行・同じリズムの形で2回繰り返す箇所では、下のコードが違うために1音だけ変えてあります。全部を作り変えるのではなく、1音だけ動かす。それで十分に印象が変わります。
イントロと同じ進行の上で、メロディーだけを2倍の速さで回す場面もあります。3回繰り返すフレーズの頭に装飾音をひとつ足して、スピード感を変えている箇所もあります。
曲中に1箇所だけ、コードが変わる前にメロディーが先行して次の構成音を鳴らすアンティシペーションも使われています。ぶつかってから着地する、短い緊張です。
ギターソロ前のセクションでは、半音で下りながら特定の音に寄っていく刺繍音的な動きが続きます。停滞感を作る箇所で、そのぶん次の展開が広く感じられます。
壮大さの正体は「空間」だった
編成はフルオーケストラとクワイア、そこにドラム・ベース・ギターのバンドが重なります。ギターはメタル系の奏法で弾かれていて、動画ではイングヴェイ・マルムスティーンあたりを聴いてみると近いものが感じられる、という話も出ました。
ドラムは生音ですが、それ以上にインパクト系の効果音が多く入っています。心臓の鼓動のような低い音が繰り返し置かれ、セクションごとに決めの一撃が来る構成です。
生徒がいちばん陥る落とし穴
同じような音源を並べても壮大にならない。その原因として挙げられたのが、収録されている部屋の規模感がバラバラという点でした。
音色は近いのに空間が違う。これが起きると、どれだけ音を重ねても一体になりません。
Logic のドラム音源でも、マルチチャンネルに対応したキットを選ぶと各マイクのチャンネルを展開できます。キックの表と裏、スネアの上と下、そしてルーム。このルームの成分を足すだけで、同じ音色のまま空気が変わります。
ここで押さえておきたい原則があります。近いマイクで録られた音源は、リバーブで遠くできます。しかし広い場所で録られた音源を狭くするのは、ほぼ不可能です。100メートル先で喋っている声を手元に引き寄せられないのと同じです。だから先に距離感を設計してから音源を選びます。
しょぼい音に迫力を足すサチュレーション
ティンパニを打ち込んで物足りないとき、音量を上げるのではなくサチュレーションをかけます。ギターのディストーションに近い、軽い歪みです。
ギタリストがクリーントーンで弾いていると思われがちな音も、実際には少し歪ませています。軽く歪ませないと、リスナーにはクリーンに聞こえません。
単体で聴くときつく感じる程度でも、オケに混ざると馴染んで存在感が出ます。レコーディングの現場では、ハイハットやシンバルにもよくかけられています。
ギターについては、AmpliTube のようなアンプシミュレーターはもちろん、Logic 純正のギターアンプでも十分に戦えるという結果でした。これだけ楽器数が多ければ違いは埋もれます。リードを前に出すと差が見えてきます。
ブラスとストリングスは「距離感」で選ぶ
動画でもっとも時間を割いたのが音源の聴き比べです。
ブラスでは、Logic 内蔵の Studio Horns は練習室のような近さで、リバーブを足しても芯が違いました。一方 Native Instruments の Symphony Series はホール感が出る代わりに遠く、立ち上がりも遅く感じます。ここでリバーブには触らず、Tightness と Dynamics のツマミを上げるだけで芯が戻りました。同じ音源でもパラメーターで距離が変わります。
ストリングスは、Logic の Sampler、Logic の Studio Strings、Session Strings Pro と Pro 2、Symphony Series、Spitfire のチェンバー(1パート3〜4名)、そして Abbey Road で収録されたソロ音源まで並べて比較しました。
チェンバー系には Close と Far の切り替えがあり、同じ音源でも客席のどこで聴くかを選べます。ソロ音源は1パート1名なので、この規模の曲に使うと合いません。
3人の投票では Symphony 系が2票を集めました。壮大な曲には、余裕のある広い音源が噛み合います。Close と Abbey Road を混ぜて輪郭を出す使い方も紹介されました。
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この曲から自分の制作に持ち帰れること
この曲が難しいのは、理論が複雑だからではありません。
使えるコードが3つしかない状態で、89分かけて分析するだけの展開を作っているところが難しいのです。コードで変化をつけられないぶん、転調とメロディーとアレンジだけで場面を動かすしかありません。動画内でも「限定で3つしか使っちゃいけませんと言われたら相当ハードルが高い」という話が出ました。
手を広げる前に、手持ちのコードで何セクション持たせられるかを試してみる。そのうえで、転調で景色を変える、メロディーの1音だけ変える、音源の距離感を揃える。この順番で効き目が大きいことが、今回の分析で見えてきました。
同じ3方向から竹内まりや「プラスティック・ラブ」を分析した記事も公開しています。あちらは逆に、コードの数は少ないままテンションで色をつける曲でした。
JBG音楽院では、パソコン上の操作技術と、音楽理論や楽器の特性といったアナログな知見を合わせて学ぶDTAM(Desktop and Analog Music)という考え方を掲げています。理論の分析と音作りの検証を同じ場所で扱えることが、こうした曲を自分の制作に接続する近道になります。
まとめ
「紅蓮の弓矢」をコード、メロディー、トラックの3方向から分解して見えてきたことを整理します。
- 1曲の中にキーが8つ(マイナー6つ・メジャー2つ)出てきますが、コードはほぼ全編がⅠm7-♭ⅥM7-♭Ⅶ7の繰り返しです。転調しても度数の並びは変わりません。
- 転調はほとんどがダイレクトで、移動先は短3度上下に集中しています。3度の動きは弱進行なので、頻繁に転調しても唐突になりません。
- 8回のうち1箇所だけ、前後のキーの共通コードを経由するピボット転調が仕込まれています。ここだけ転調したことに気づきません。
- メロディーは滑らかな順次進行と、3度下がって2度上がる「ジグザグ」の2軸で作られています。繰り返す箇所は1音だけ変えてあります。
- 壮大さを決めているのはリバーブの量ではなく、音源が録られた部屋の規模感です。近い音源は遠くできますが、広い音源を狭くすることはできません。
コードの数を増やさずにここまで展開を作れるという事実は、手持ちの引き出しが足りないと感じているときほど効きます。
動画では、実際に鍵盤で各キーのダイアトニックを鳴らし、譜面に色分けした度数を見せながら進めています。音源の聴き比べは文章では再現できないので、そこは動画で確かめてください。
よくある質問
Q. 「紅蓮の弓矢」はいくつのキーを使っているのですか?
A. 8つです。マイナーキーが6つ、メジャーキーが2つ。セクションごとに短3度上下へ移動していきます。
Q. ダイレクト転調とピボット転調の違いは何ですか?
A. ダイレクトは準備なしで切り替える方法、ピボットは前後のキーに共通するコードを経由する方法です。後者のほうが滑らかに聞こえます。
Q. 転調を繰り返しても曲がバラバラにならないのはなぜですか?
A. キーが変わってもコードの度数の並びが同じだからです。Ⅰm7-♭ⅥM7-♭Ⅶ7が全編を通して土台になっています。
Q. オーケストラを打ち込んでも壮大に聞こえないのはなぜですか?
A. 音源ごとに収録された部屋の規模感が違うまま重ねている可能性があります。近い音源は遠くできますが、逆はできません。
どの音源を選ぶかの前に、理論・DAW・ミックス・リズム聴音のどこが自分の弱点なのかを把握しておくと、学ぶ順番を決めやすくなります。
